主催者代表挨拶
連合会長代行
逢見 直人
2019年8月27日、5年に1度の公的年金の財政検証結果が公表されました。この結果を踏まえ、来年の法案提出に向けて、社会保障審議会年金部会をはじめ、さまざまな場において、公的年金改革に向けた具体的な制度改革の議論が佳境に入っています。今回の制度改革にあたり、連合が特に重点を置いているテーマが2つあります。「社会保険のさらなる適用拡大」と「基礎年金の底上げ」です。
本日ご登壇いただく方々からは、より多角的な観点から議論をいただきたいと思っております。
基調講演「 2019年年金財政検証とその評価」
慶應義塾大学経済学部教授
駒村 康平
今回の年金財政検証の結果を踏まえ、公的年金制度の課題について考えるうえで押さえておくべきポイントがあります。
まずは「持続可能性の維持」、「給付水準の十分性」(適当性)、「世代間の公平の改善」です。しかしながら、これらを同時に解決することは極めて難しいと言わざるを得ません。
また、「公的年金の給付水準の低下をどのように補うか」、「給付水準は下がるが、購買力は維持できるのか」といった課題もあります。
さらに、「マクロ経済スライドの適用」や「オプション試算」の内容検証、「私的年金・企業年金・個人年金」の役割」についても、まだまだ議論を深めていかなければなりませ
ん。
本日は、私が携わっている金融審議会「市場ワーキング・グループ」および社会保障審議会年金部会の委員としての立場から話をしたいと思います。
"人生100年時代"を機に
昨今、"人生100年時代"という言葉をよく耳にするかと思われますが、その根拠となるのが、ドイツのマックス・プランク人口研究所とカリフォルニア大学が、21世紀生まれの子どもたちを対象としたシミュレーション結果です。現在の速度で医療技術が進歩し、人々がそれを享受できる社会になった場合、21世紀生まれの子どもたちの半分が100年の人生を過ごすことになると予想されています。
本日お越しいただいている方々は、"人生100年時代"とまではならないかもしれませんが、これからは90歳くらいまでは生きることを前提で人生を考えなければならないでしょう。その際、年金の受給方法、老後の働き方、個人の資産形成などを、これまでの常識どおりに考えていてよいものでしょうか。特に、若い世代は長い人生を見据えて、自身の年金についてフォワード・ルッキングな考え方をしなければなりません。
同じように、公的年金制度は、年金の制度改革以外にも、労働市場への対策や金融市場の改革と同時に進めていかなければ、制度の持続可能性を維持することはできません。
時代の変化に応じた年金制度改革の必要性
日本の年金制度は賦課方式で運営されていますが、人口減少と高齢化社会が制度の持続可能性の維持を脅かしています。国立社会保障・人口問題研究所の資料、長期人口推計によると、状況が極めて深刻であることは明らかです。また、75歳までの生存率の変化を示した同研究所の資料『寿命の伸長の影響』を見ると、女性に至っては、2015年ではほぼ90%となっており、さらに2065年には、65歳になった女性の平均余命は28年になると予想されています。これは推計値のため、実際にはもう少し生存率が上がっていると考えてよいでしょう。
年齢構成、働き方、家族構成、人口など、時代の変化に応じて、年金制度は常に改革をし続けなければなりません。"年金100年安心"と言われますが、それはあくまで100年後の社会に想定を置きながら、5年おきの財政検証で世の中の変化をいかに吸収できるかがポイントなのであり、ある意味で、年金制度は"永久に改革を続けなければならない制度"になってきているといっても過言ではありません。
"老後2000万円問題"から考える高齢期の資産形成
2019年3月に金融庁市場ワーキング・グループが発表した報告書(『高齢社会における資産形成・管理』)に掲載された、いわゆる"老後2000万円問題"に関する記述は各方面で物議を醸したことは記憶に新しいところです。本来は、これから年金給付水準が下がっていく若い世代がiDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)等の制度を活用し、生涯にわたる資産形成を行うことの重要性を説いた、ある種の"メッセージ"的な意味合いが強いものであったにもかかわらず、一部の65歳以上の方々が、「いまさら2000万円は貯められない」といった話にはき違えてしまい、大きな騒ぎになったことは残念でなりません。
今後は、老後に向けた早い時期から、企業年金や個人年金の拡充による資産形成は急務となります。そのためには、税制優遇としての確定拠出年金(DC)や確定給付企業年金(DB)の導入について、労働組合のみなさまには要求の中に組み入れていただきたいところです。
上記報告書の後半部分では「ファイナンシャル・ジェントロジー」についても触れています。高齢期になれば、おのずとお金に対する意識が落ち、資産の運用管理が難しくなります。認知症になればなおさらです。これは、ニューロエコノミクス(神経経済学)の研究でも確認されています。したがって、退職された方は、なるべく早い時期に自身の保有財産の状況について、信頼できる人と情報共有をする必要があるという認識を持つべきです。
なお、これからの高齢者はフルタイムではないにせよ、多様な働き方によって就労し続けることになるため、今後は年金の繰り下げ受給も検討していく必要があります。繰り下げた年金を70歳以降に、より多くの額を受給し、マクロ経済スライドによる調整を少しでも相殺することが重要です。
その際、障壁となるのが在職老齢年金(高在老)ですが、今回の年金制度改革の議論では廃止が見送られたため、次回の2024年年金財政検証の時が見直しを行うチャンスとなるでしょう。
おわりに
最後になりましたが、連合が提唱する「所得比例年金」を日本の年金制度のベースとし、厚生年金の一元化を実現するためにも、労働組合のみなさまには引き続き、社会保険のさらなる適用拡大を進めていただきたいと思います。ありがとうございました。
報告「 公的年金制度の見直しに向けた連合の考え方と当面の取り組みについて」
連合生活福祉局長 伊藤 彰久
本日のパネルディスカッションの論点を中心に連合の方針についてご説明を申し上げます。
公的年金制度に対する連合の考え方として、短時間労働者等への社会保険への適用拡大を求めています。雇用形態の違いや企業規模の大小により社会保険(厚生年金・健康保険等)の適用の有無が異なることは極めて不合理であるため、すべての労働者に対して原則適用させるべきです。
現在は5つの要件(労働時間要件、賃金要件、勤務期間要件、学生除外要件、企業規模要件)を満たさなければ、原則、社会保険の適用を受けることができません。この要件を大きく緩和する必要があります。当面は、企業規模要件を撤廃し、適用基準として労働時間要件(週20時間以上)、または年収要件(給与所得控除の最低保障額以上)のいずれかに該当すれば、社会保険を適用させるよう求めていきます。
非適用業種や法人化していない個人事業主等についても、適用対象としていかなければなりません。勤務期間要件について社会人が増えるなど、学生のあり方も多様化し、必ずしも「学生=若年」という図式は成り立ちません。よって、一律に適用除外とすることには疑問が残ります。
兼業や多重就労についても、国が兼業・副業を推進する以上、社会保険に反映されるような仕組みが必要です。そのためにも、日本年金機構の体制強化が必要不可欠です。
なお、基礎年金の給付水準の改善と所得再分配機能の強化については、基本的には駒村先生の基調講演にてお話しいただいた内容のとおりとなりますので、詳細については配布資料の該当ページをご参照ください。
以上のような問題意識のもと、連合では適用拡大に関する懇談会のヒアリングや年金部会の議論等に対応しており、年内にはより具体的な内容が固まってくるかと思います。来年4~6月の間には国会で審議が行われるかと思いますので、改めて、連合一体となった取り組みを提起し、公的年金制度の改革について、国会議員への要請や世論への喚起を継続していきます。
パネルディスカッション「公的年金の機能強化と持続可能性の向上に向けた制度改革の方向性」
<パネリスト>
駒村 康平 慶應義塾大学経済学部教授
永井 幸子 UAゼンセン常任中央執行委員
西沢 和彦 日本総研調査部主席研究員
関口 達矢 全国ユニオン事務局長
<モデレーター>
佐保 昌一 連合総合政策推進局長
佐保:それでは、パネルディスカッションを開始します。よろしくお願いいたします。
永井:UAゼンセンとしては、①選択でき、能力を発揮し、十分な生活を営める雇用をつくること、②現在の社会保険制度の就労抑制機能や年収調整の是正、③第1号被保険者および第3号被保険者のあり方も含め、将来的なビジョンを示し、全体として就労促進につながる制度の構築が必要であると考えます。また、今回の適用拡大にあたっては、企業の実務面で障害が生じないしくみにすることを前提に、兼業やパートタイム労働を掛け持ちする人の労働時間や賃金を通算して、社会保険制度が適用されるようにしていくべきではないと考えます。
連合総合政策推進局長
佐保 昌一
UAゼンセン常任中央執行委員
永井 幸子
西沢:私が問題視しているのは、今の世代が将来世代にツケを残しているのではないかということです。現在、年金財政の持続可能性が脅かされているにもかかわらず、今回の財政検証では、その点について触れられていなかったことが残念でなりません。
2004年の年金制度改正で導入されたマクロ経済スライドにより、当時59.3%だった所得代替率は段階的に引き下げられ、2023年度には50.2%に落ち着くと予想されていました。しかし、マクロ経済スライドは、賃金と物価が一定程度の伸び率を確保しないと機能しません。当初は賃金も物価も伸びていくことが前提でしたが、実際はそうなりませんでした。結局、2004年から今日まででマクロ経済スライドの効果が得られたのは2015年と2019年の2回だけです。
マクロ経済スライドを長期間かけることにより、現在の受給者より将来世代にとって給付削減の影響が大きいことが明らかになっています。ですから、今回の財政検証では、名目下限措置を外す議論を行うべきだったと考えます。"沈みかけの舟"の船底の穴を埋めて、年金制度改正の議論をするべきなのです。
また、現在の被保険者資格取得届を廃止し、所得税のように、賃金から源泉徴収するような制度にして、適用にあたって事業主に裁量を与えないことが必要だとも考えています。そのためにも、日本年金機構による確実な名寄せや徴収を行えるよう、これまで以上の予算を投じてでも機構の事務能力を強化しなければなりません。これにより、先ほどの永井氏のお話しや連合の提案にもあった複数事業所で働く方々が救われることとなるでしょう。
さらに持論を申し上げれば、年金制度については、政権交代が起こらなければ、既存の制度に対する否定的・批判的も視点が失われてしまいます。議論が起きなければ、国民も年金制度を理解することができません。
関口:社会保険のさらなる適用拡大以前の問題として、違法な社会保険逃れや脱法行為がいまだ日常的に横行しているのが現状です。西沢氏が提唱する徴収方法は、我々にとって理想的なものです。
こうした社会保険未適用の問題については、労働組合の組織率が下がっていることにも原因があるのではないかと考えております。全国ユニオンでは、悪質な事業所で働く従業員に対し、労働組合の結成をよびかけることにより、社会保険の適用のみならず、その他の労働条件を向上させるなどの改善に尽力しております。
駒村:永井氏、関口氏のお話しからは、現場の肌感覚が非常によく伝わってきました。被用者は社会保険(厚生年金、健康保険)によって手厚く守られるべきだと考えている立場からすれば、今回のお話しは非常に衝撃的なものです。違法な社会保険逃れや脱法行為が行われる余地を残すべきではありません。
西沢氏のお話しについては、今後さらに議論を深めていく必要があるかと思います。被保険者資格取得届の廃止については、ややテクニカルな問題となりますので、どのような副作用が生じるかは未知の部分ではありますが、事業主から裁量権をなくすことについては、今後、議論を行ううえでの1つのキーポイントとなるかもしれません。
年金制度のような大きな改革をする際、気を付けなければならないことがあります。それは "政争の具"にしてはならないということです。年金によって政権を失うとなれば、与党は問題を先送りにしてしまい、歪みがどんどん溜まってしまいます。年金改革を政治的なシステムから切り離していかに確立するかが、今後の課題となるでしょう。
改革が行われない。あるいは、改革がほぼ"停止状態"にあることが、いかに危険であるかということを認識していただきたいと思います。
日本総研調査部主席研究員 西沢 和彦 |
全国ユニオン事務局長 関口 達矢 |
慶應義塾大学経済学部教授 駒村 康平 |
佐保:パネラーのみなさま、本日は貴重なお話しをいただき、ありがとうございました。
総括
連合事務局長
相原 康伸
年金制度改革のような射程の長い問題を考える際、連合が多様な働き手の顔が見える立場にあることこそが最大の強みなのだと、本日は改めて認識した次第です。
まだまだ議論しなければならないことはたくさんありますが、単純に年金制度を"不人気政策"と整理してしまっては、将来は開けません。「長期的な観点からの利益の最大化」こそ、連合の政策の基本テーゼです。今後も"社会対話"と"合意形成"に重きをおきながら、世の中に提言し、中心点を見出すことができれば、政策として語ることも難しくはありません。
本日は多くのみなさまのご参加に感謝いたします。ありがとうございました。